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肝不全の治療としての肝臓移植 当院の生体肝移植について
肝胆膵外科 – 肝硬変・肝不全 – 治療の特色と成績

肝不全の治療としての肝臓移植

肝不全に対する治療法の原則は、誘因と毒性物質の除去、肝再生促進と代謝是正のための全身管理と合併症対策です。

内科的治療に反応しない、または無効である場合、現状では肝臓移植が唯一の治療手段となります。

1.急性肝不全と肝臓移植

劇症肝炎(急性肝不全)の肝臓移植適応は、第22回日本急性肝不全研究会で作成されたガイドライン(1996年)や厚生労働省研究班が新たに作成した指針(2008年)を利用し、決定されています。前者では、脳症発現(意識障害)時点で肝臓移植の登録を決定し、内科的集学治療施行5日後の時点で予後を再予測し、神経所見や全身状態が悪化する場合は可能であれば肝臓移植を行なう必要があるとされています。後者では、6項目がスコアー化(発症から昏睡までの日数、プロトロンビン時間、総ビリルビン濃度、直接/総ビリルビン濃度比、血小板数、肝委縮の有無)され、予後予測をするものです。劇症肝炎は肝炎症状の出現後、脳症(肝性昏睡II度以上)が10日以内に出現する急性型と、それ以降に出現する亜急性型に分類されます。急性型、亜急性型ともに、表1に示すように内科的に救命困難な症例に対しては肝臓移植が唯一の治療法です。

劇症肝炎の予後

2.慢性肝不全と肝臓移植

肝硬変に代表される慢性肝不全に対する肝臓移植の適応については、多種多様な疾患につき個別に移植適応が論じられています。肝硬変患者の 重傷度の指標として世界的に広く用いられているのが、1972年に考案されたChild-Turcotte-Pugh分類です。1997年に開催された American Society of Transplant PhysicianとAmerican Association for the Study of Liver Diseasesのパネル会議にて、慢性肝疾患のための肝臓移植の登録基準として、CTP score 7点以上が示されました。本邦では日本肝臓移植適応研究会のスコア方式があります。即ち、総ビリルビン、ヘパプラスチンテスト、総コレステロール、コリンエ ステラーゼの4項目の最近6ヶ月間の変化をスコア化したもので、総スコア8点以上で移植を考慮するというものです。その他、客観的データから評価可能なモ デルとしてModel for End-Stage Liver Disease Score (MELD score)が2002年からUnited Network for Organ Sharing (UNOS)に取り入れられました。MELD score=3.8log e (bilirubin [mg/dL])+11.2log e (INR)+9.6log e (creatinine [mg/dl]+6.4 (etiology: 0 if cholestatic or alcoholic, 1 othewise)。これはオンラインで計算できますhttp://www.mayo.edu/int-med/gi/model/mayomodl-5.htm


当院の生体肝移植について

1.スタッフ紹介

矢永勝彦教授

わが国の肝臓移植外科を代表するリーダーの1人で、当院外科学講座消化器外科分野担当教授。肝臓外科および移植外科の経験が豊富で、本学の肝臓移植チームの統括責任者です。世界の肝臓移植の父とされるピッツバーグ大学のスターツル教授のもとで准教授かつ肝臓移植外科医として勤務した経験を持ちます。帰国後、1989年より九州大学にて肝臓移植の実務責任者として、2000年からは長崎大学の実務責任者として肝臓移植プログラムを立ち上げました。

石田祐一准教授

肝胆膵外科領域を専門とし、肝臓移植手術全体のコーディネイトを担当します。英国バーミンガム大学にて肝臓移植・肝不全の研究に従事した経験を持ちます。

柴 浩明講師

肝胆膵外科領域を専門とし、肝臓移植手術を担当します。米国にて肝臓移植研究、特に生体肝移植の研究に従事した経験を持ちます。

その他のメンバー

後町武志助教恩田真二助教らが担当します。レシピエントが小児の場合には、小児外科スタッフの協力を得て手術を行ないます。

2.肝臓移植について

肝臓移植は、他に救命できる治療法のない末期肝不全患者に対する唯一の治療法です。ドナー(Donor)とは臓器提供者であり、レシピエント(Recipient)とは提供臓器の移植を受ける人です。欧米では1963年に開始され、その後、手術手技の進歩、拒絶反応を抑える免疫抑制剤の開発により治療成績が改善しました。本邦では生体肝移植が主流で、2016年末までの日本肝臓移植研究会のデータによると、生体肝移植後の累積生存率は、1年84.7%、3年80.6%、5年78.2%です。

○ 生体肝移植

脳死ドナーの絶対数が少ない日本や東アジアでは主流です。血縁者や配偶者の自発的意思により、ドナーの肝臓の一部がレシピエントに移植されます。

○ 脳死肝臓移植

脳死患者から提供された肝臓がレシピエントに移植されます。通常は全肝臓を移植しますが、場合により脳死患者から提供された肝臓を分割して、2人の患者に移植されることもあります(脳死分割移植)。

3.当科での生体肝移植への取り組みと治療成績

わが国では1997年7月に脳死からの臓器移植を認める臓器移植法が成立し、同年10月より施行されました。しかし、法施行から12年あまりが経過しても、わが国での脳死肝臓移植は進みませんでした。世界的な臓器不足を背景としてWHOからの海外渡航移植の自粛などの声明を機に、2009年7月に改正臓器移植法が成立し、1年後の2010年7月より施行されました。これを契機に本邦でも脳死肝臓移植が増加し、2017年末までに447例に対して行なわれています。

一方、脳死のドナー不足問題と直接関係のない生体肝移植は、1989年に第一例目が施行され、以来2016年末までに全国67施設で合計8,447件が行なわれています。したがって、わが国ではいまや生体肝移植が肝不全の治療法として確立された感があります。

本学でも2003年4月に外科に矢永勝彦教授が赴任し、関連各部署とともに生体肝移植プロジェクトの準備を進めました。倫理委員会の承認、関連各部署との連携を図るために肝臓移植連絡協議会を発足させ、全学的な準備と肝臓移植のチーム医療の確立を推進するとともに、関連各部署のスタッフが移植施設での研修を行ない、最終的には2004年3月15日に、実施準備が完了しました。2007年2月9日に第一例目の生体肝移植を行い、2017年12月現在まで22例(再移植1例を含む)の生体肝移植を行っています。

ドナー、レシピエントの術後在院日数中央値はそれぞれ11(7-26)日、33(15-146)日であり、ともに術後短期間にて退院し、ドナーは全員が術前状態に復しています(表2)。

生体肝移植の概要

なお、血液型不適合の生体肝移植に関しては、免疫抑制療法の進歩により治療成績が向上しています。本学においても血液型不適合生体肝移植を3例行い、全例成功しています。これにより生体肝移植手術の適応拡大が期待されます。

4.当科での生体肝移植の適応疾患・禁忌

肝不全のために生命が脅かされ、肝臓移植以外に有効な治療法がない場合、肝臓移植が検討されます。本学では肝臓移植の適応は肝臓内科医を中心とした委員会で決定され、保存的な治療法と肝臓移植との成績の比較や感染症や悪性疾患の有無、全身状態などから適応を決めています。

A. 肝臓移植の適応条件

  • 原則として、以下を肝臓移植の適応条件とする。
    • 進行性、致死的、不可逆性の肝疾患を有する(1)
    • 他に有効な治療法がない。
    • 肝臓移植の禁忌となる条件がない。
    • 患者が自ら希望しており、家族の反対がない(2)
    • 自らの意思による臓器提供者がいる。

(1)先天性代謝性肝疾患の場合はこの限りでない。

(2)患者が未成年の場合は親権者、肝性昏睡の場合は家族の総意を必要とする。

B. 肝臓移植の禁忌条件

  • 他の主要臓器(心、肺、腎など)の進行した不可逆的障害
  • 全身・他臓器の活動性感染症
  • 他臓器の悪性腫瘍
  • アルコールを含む薬物依存症(3)
  • HIV抗体陽性
  • 肺内の右-左シャントによる高度の低酸素血症
  • 精神病など、術後療養に際して理解・協力が望めない場合

(3)過去6ヶ月以上禁酒あるいは薬物服用を絶っており、精神科医からその継続性があると判断された場合はこの限りでない。

なお、以下の条件あるいは病態を有する場合、肝臓移植の適応を慎重に決定する。

  • 高齢(60歳未満が望ましい)
  • 高度な肝性昏睡(III-IV度)
  • 高度な慢性腎障害(腎移植を同時に行う場合を除く)
  • 肺内短絡による低酸素血症
  • 門脈血栓
  • 門脈大循環シャント術後
  • 胆道系の術後
  • 高度の栄養障害、大量の腹水
  • 高度の腹部動脈硬化症

C. 肝臓移植の適応疾患

以下にあげる疾患を肝臓移植の適応とする。

【不可逆的な進行性慢性肝疾患】

  • A. 胆汁うっ滞を主とする肝疾患
    • 原発性胆汁性肝硬変
    • 原発性硬化性胆管炎
    • 二次性胆汁性肝硬変
    • 胆道閉鎖症
    • Alagille症候群
    • 薬剤性胆汁性肝硬変と胆汁うっ滞
    • Caroli病
  • B. 肝細胞障害を主とする肝疾患
    • 慢性ウイルス肝硬変
      • B型肝硬変
      • D型を伴ったB型肝硬変
      • C型肝硬変
    • 薬剤性肝疾患
    • 潜在性肝硬変
    • 自己免疫性肝炎
    • アルコール性肝硬変
    • Wilson病
    • 先天性肝線維症
  • C. 血管由来の肝疾患
    • Budd-Chiari症候群
    • 静脈閉塞性肝疾患 (Veno-occlusive Disease, VOD)
  • D. その他
    • 嚢胞性肝疾患など(Polycystic disease)

【肝に限局し、切除が不可能な悪性腫瘍】

A. 肝細胞癌(リンパ節転移、胆管・脈管侵襲、肝外転移のあるものは 禁忌)
B. 肝芽腫
C. 類上皮性血管内皮腫
D. 肝転移:カルチノイドなどの神経内分泌性腫瘍に限るE. その他稀な肝原発腫瘍

【急性肝不全】(劇症肝炎急性型、亜急性型、遅発性肝不全(LOHF))

A. ウイルス肝炎(A型, B型, C型, B型+D型, 非A非B非C型)
B. Wilson病の急性増悪
C. 薬剤性あるいは毒物性肝不全
D. 原因不明

【遺伝性代謝性疾患】

A. 家族性アミロイドポリニューロパチー
B. Wilson病
C. 糖原病
D. 原発性高オキサロ尿症 I 型
E. その他

*2004年1月より肝硬変及び劇症肝炎の年齢制限が撤廃され、成人も保険適応になりました。なお肝細胞癌を合併した場合には非代償性肝硬変で癌が一定の条件(遠隔転移と血管侵襲を認めないもので、肝内に径5cm以下が1個、又は径3cm以下3個以内に限る)を満たせば、保険適応となります。さらに、2007年6月からは、移植前に肝細胞癌に対する治療を行なった症例に関しても、当該治療を終了した日から3ヶ月以上経過後の移植前1ヶ月以内の術前画像をもとに判定することになりました。

5.生体肝移植の手術術式

ドナーの肝臓の一部を患者さん(レシピエント)に移植します。移植手術は10~16時間に及びます。肝臓が凝固因子の大半を産生する臓器であるため、出血量は循環血液量以上になるのが一般的です。本手術の特徴として手術リスクが高いため、合併症の発生率が高く、一旦発生すると致命的になることがあげられます。しかし手術が成功した場合、目を見張るほどの回復が期待できます。(図1a、1b-1、1b-2)

レシピエント手術

6.ドナーについて

生体肝移植の提供者(ドナー)となれる条件を以下に示します。

  • 【適応判定の前提条件】
    • 原則として成人で患者の三親等内の血族、または配偶者。
    • 意思決定能力があり、自らの善意による自由意思で肝提供を希望している。
  • 【医学的適応条件】
    • 全身状態良好で、年令65才以下が原則。
    • ABO血液型の患者との適合性は問わない。
    • 肝炎ウイルスマーカー陰性で肝機能正常(1)
    • 活動性感染症がない:HIV, HTLV-1(2)など。
    • 悪性腫瘍の既往がない、またはあっても治癒したと判断される。
    • 部分肝が解剖学的に提供可能であり、CTで提供予定の部分 肝容積が患者の標準肝容積の35%以上。
    • 高度の脂肪肝がない:30%以下。
    • 生体肝移植術と肝提供手術につき、その合併症、危険性と限界につき十分なインフォームドコンセントを得ている。
    • 肝切除のリスクに耐えうる健常人である。

(1)B型肝炎既感染ドナーでレシピエントに周術期に抗ウイルス療法を行う場合は別途検討する。

(2)レシピエントもHTLV-1陽性の場合は別途検討する

本学では、精神科医とソーシャルワーカーによるドナーと患者様の面接が適応評価の必須条件となっています。移植を受ける患者様の体格と重症度に応じて、肝臓の20~70%が取り出されます。ドナー手術時間は約6時間かかり、合併症の頻度は12.5%です。わが国では、生体肝移植のドナーの死亡はこれまで1人で、死亡率は0.02%となります。生体肝移植の場合、当然ながらドナーの安全性が全てに優先されます。

7.肝臓移植の費用

1. 保険診療

  • 保険適応疾患は以下のとおりです。
    • 先天性胆道閉鎖症
    • 進行性肝内胆汁うっ滞症
    • アラジール症候群
    • バッドキアリ症候群
    • 先天性代謝性肝疾患 (家族性アミロイドニューロパチーを含む)
    • 非代償期の肝硬変
    • 劇症肝炎
    • 肝細胞癌 (遠隔転移と血管侵襲を認めないもので径5cm以下で単発、または径3cm以下3個以内の場合に限る)
    • 多発性嚢胞肝
    • カロリ病

保険が使える場合、高額療養費の払戻制度を利用すれば、月に一定額(例えば81,000円)を越えた医療費分は約3ヶ月後に払い戻されます。結果的に患者さんの移植で支払う実際の費用の上限は、毎月一定額となります。

*平成22年4月1日より、「肝臓機能障害」による身体障害者手帳の交付が開始されることとなり、過去に肝臓移植を受け、抗免疫療法(免疫抑制療法)を継続されている患者さんは「1級」に該当します。肝臓移植後に、患者さんは身体障害者手帳を取得することにより、種々の福祉サービスを利用することができ、また医療費に関しては、各自治体の制度である「重度心身障害者医療費助成制度」や国の制度である「自立支援医療(更生医療・育成医療)」等の申請を同時に行うことで、恒常的にかかる医療費を軽減することができます。

2. 自費診療

保険適応とならない場合、移植費用は私費となりますが、術後の経過が順調にいった場合、ドナーの医療費を含めて約1,700万円と見込まれます。ただし、合併症が発生した場合は更に高額になる可能性があります。

8.脳死肝臓移植への対応

2017年6月現在、全国での脳死肝臓移植施設は25施設です。本学においても脳死肝臓移植施設の認定を受けるべく、臨床および研究に経験を蓄積中です。脳死肝臓移植を希望される患者さんに対しては当科から他施設での脳死肝臓移植の登録を支援し、手術後は再び当科で患者さんをフォローしていく体制をとっています。

9.肝臓移植をお考えの方へ

本学は、建学の精神「病気を診ずして病人を診よ」を基本理念に、患者さんを中心とした診療を行っています。生体肝移植に関しても、肝臓だけにとらわれず、全人間的な管理を重視しています。

生体肝移植の詳細につきましては、パンフレットを用意いたしておりますのでお申し付けください(担当:柴 03-3433-1111、内線3401)。

肝臓移植外来は火曜日の午前(矢永・柴)、木曜日(矢永)に行っています。

(2018年3月2日更新)