上部消化管外科 ヒーローイメージ
食道がんの発生と進行 食道がんの誘因 食道がんの症状 食道がんの診断 食道がんの治療 食道がんの進行度(ステージ) 進行度(ステージ)ごとの治療 食道がんの発生率や予後
上部消化管外科 – 食道癌 – 食道癌とは

1.食道がんはどのように発生して進行するのですか?

食道の粘膜は扁平上皮からできているので食道がんの90%以上は扁平上皮がんです。欧米では食道と胃の境目から発生する、腺がんが多くなっています。通常がんは食道の内側の粘膜から発生して外側に向かって発育します。がんが大きく育つと食道の壁をつくっている筋肉にまで及び、さらに進行すると食道のまわりにある気管・気管支や肺、大動脈、心臓などの重要な臓器へ拡がっていきます。

リンパ液や血液を介して食道とは別のところに癌が飛び火することを医学用語では“転移”といいます。食道は、食道のまわりのリンパ管や血管が豊富なので、他の消化器のがんよりも転移しやすいと言われています。また、食道のリンパ節は頚や胸、腹部につながっているので、食道のまわりだけではなく頚や腹部のリンパ節に転移をすることもあります。血液の流れに入り込み、肝臓や肺、骨などに転移することもあります。

食道の解剖

2.食道がんの誘因は何ですか?

扁平上皮がんの最大の誘因は飲酒と喫煙です。その他では、あつい食べ物、辛い食べ物、冷たい食べ物、肉や魚のこげたもの等が考えられています。また飲酒で顔や手足の皮膚が赤くなることがある、もしくはあった方(“フラッシャー”と言います)は、食道がん発生のリスクが高いとされています。
一方で腺がんは、わが国では発生件数はまだ数%ですが、近年の食事の欧米化に伴い肥満などによる胃食道逆流症が増加し今後、増加する可能性があります。

3.食道がんの症状はどのようなものですか?

食道の粘膜にとどまる早期のがんでは、症状が現れることは少なく、がんが進行するにつれて以下の症状が現れます。

(1)食道がしみる感じ

熱いものを飲み込んだ時にしみるように感じるといった症状です。

(2)食物がつかえる感じ

がんが大きくなると食道の内腔が狭くなり食べ物がつかえます。のどがつかえるような感じです。

(3)体重減少

がんが進行すると体重は減少します。急激に体重が減ったら要注意です。

(4)胸痛・背部痛

がんが食道の外に浸潤して、まわりの肺や背骨、動脈を圧迫すると、胸の奥や背中に痛みを感じるようになります。

(5)せき

がんが進行して気管、気管支、肺まで浸潤すると、せきや血のまじった痰が出ることがあります。

(6)声のかすれ

食道のわきの声を調節している神経(反回神経)に浸潤すると、かぜをひいたときのようなかすれた声になります。

4.食道がんの診断にはどのような検査がありますか?

食道がんの診断には以下のものが通常行われます。

(1)食道造影検査

造影剤(バリウム)を飲んでレントゲン撮影する検査です。検査に伴う痛みなどはなく数分で終わる検査です。

(2)内視鏡検査

内視鏡検査は、レントゲン検査に比べて早期のがんを見つけることができ、食道がんの診断には欠かせない検査となっています。当院には食道がんの専門内視鏡医が在籍しており、食道がんの診断はもちろん、腫瘍の広がりや深さを正確に評価しています。もし疑わしいところがあれば、その一部を小さくつまみとる生検という検査を行い、がん細胞かどうかチェックすることができます。つまむときの痛みはありません。検査に要する時間は10〜20分です。眠りながら検査を行いますので検査に伴う苦痛はほとんどありません。最近では、NBI(Narrow Band Imaging)という最新鋭の内視鏡機器を用いることで、刺激性のある薬剤(ルゴール液)を使用しなくてもがんの診断と深達度(=進行度)を評価することが可能になってきています。

(3)超音波内視鏡検査

内視鏡の先端に超音波装置がついており食道内腔から食道壁の構造の超音波像が得られる検査です。この検査によりがんの深達度と食道の外側にあるリンパ節の腫大の有無などをとらえることができます。現在では、表在食道がんの深達度診断目的に施行されることが多い検査法で検査時間は30~60分になります。

(4)CT/MRI検査

CT(コンピューター断層撮影)は身体の内部を細かく見ることができるX線検査で、食道のまわりの臓器との関係を調べるために最も優れた診断法です。検査に要する時間は数分で痛みを伴わない検査です。また、造影剤を血管内に注入することでより詳細な情報を得ることができます。ただしヨードアレルギーがある方は、アレルギー反応が出現することがありますので既往のある方は事前にお申し出ください。腎臓機能の低下やビグアナイド系の経口糖尿病薬を服用されている方も、造影剤を使用できない場合がありますので、上記と合わせて事前にお知らせください。
MRI検査はCTと似ていますが、CTと違い放射線ではなく磁気を利用した検査になります。比較的進行してる食道がんの進行度を確認する目的でCTとは別に検査することがあります。検査時間はCTより長く30~40分かかります(場合により1時間)。

(5)PET-CT検査

PET-CT検査はCTと同様にがんの転移の状況を詳しく調べる検査です。検査薬(FDG)を投与してがん細胞に目印をつけて撮影することができるため、より小さな転移を診断することができると期待されます。当院でも2020年1月より検査可能となっております。

(6)超音波検査

ヌルヌルしたゼリーを塗って体表から超音波を用いて腹部と頸部を調べます。腹部では肝臓への転移や腹部リンパ節転移の有無などを検索し、頸部では頸部リンパ節転移を検索します。検査時間は20〜30分かかります。痛みはありません。

5.食道がん治療にはどのようなものがありますか?

食道癌はこれまで予後不良の癌とされていましたが、医療技術の進歩により今では治癒できる癌となってきました。そのうえ近年、治療成績の向上のために様々な治療法が施設間で試されております。当院における食道癌治療は基本的に日本食道学会による食道癌治療ガイドラインに沿った方針で治療を行っております。その上で当院独自の治療法を加えることで更なる治療成績の向上と患者さまの満足度をあげる努力をしております。

以下に代表的な食道癌治療について記しました。

(1)内視鏡的治療(EMR・ESD)

食道癌治療ガイドラインでは、リンパ節転移の可能性の低い粘膜浅層(EP・LMP)までの症例を治療の絶対適応としていますが、当院では粘膜深層(MM)もしくは粘膜下層浅層(SM1)までの症例までを相対適応として内視鏡的切除の適応としております(上記“食道の解剖”のイラスト参照)。その理由としてMM・SM1と治療前に診断された症例でも内視鏡的に切除された病変が最終的にEP・LMPに留まっている事もあるからです。但し、切除病変がMM・SM1またはそれより深くまで浸潤していた場合は追加治療(手術、放射線、抗癌剤)を考慮する必要があります。
当院での内視鏡的治療は内視鏡科の食道専門医が行うことで安全・確実に治療することができます。一般的に1週間程度の入院を必要とします。当院内視鏡科では2019年は約100人に治療を行いました。

内視鏡治療人数

(2)手術療法

内視鏡切除の適応がなく遠隔転移がないものは手術療法が治療の基本になります。食道は頚部、胸部、腹部の3領域にまたがる臓器で病変の位置によって3領域のリンパ節を全て切除・摘出する必要があります。食道を切除した後の再建は主に胃(場合により小腸・大腸)を用いることが多くの場合、手術時間は8時間~10時間におよびます。術後の代表的な合併症として肺炎などの感染症、縫合不全、反回神経麻痺などが挙げられます。当院では合併症を軽減するために下記に示す工夫を行っております。

食道癌手術シェーマ画像

食道癌手術シェーマ画像

低侵襲(鏡視下)手術の導入

従来の開胸、開腹だけではなく、お腹や胸に小さな穴を開けて細長い鉗子とカメラを体内に挿入しモニターを見ながら手術を行う鏡視下手術を当院の食道癌治療でも進行度や病変の位置などによって積極的に導入しています。鏡視下手術は従来の開胸・開腹手術に比べ手術創が小さく、肋骨を折ったり切除したりしなくても済みますので、術後の痛みが少なく術後の回復が早いのが特徴です。当科には日本食道学会の認定した食道外科専門医が3名、日本内視鏡外科学会の認定した内視鏡外科技術認定医が多数在籍しており、安全で確実な手術を行うことを心がけています。

開胸・開腹手術後

開胸・開腹手術後

胸腹腔鏡手術後

胸腹腔鏡手術後

他診療科(耳鼻科、形成外科etc)との連携

食道癌は耳鼻科領域の癌と合併することの多い疾患であり、また頸部食道癌では病状の進行によって喉頭(気管)に浸潤するため喉頭の切除が必要な場合があります。当院は耳鼻科領域の癌専門医が在籍する数少ない施設であり、喉頭癌や咽頭癌の手術も数多く行っています。頸部食道癌や耳鼻科領域の癌を合併する食道癌の場合は、耳鼻科以外に形成外科(食道再建)も交えて互いに治療方針などを事前に連携・相談を行い合同で手術を行っております。

その他

食道癌手術後の合併症として肺炎のほか反回神経麻痺(声帯麻痺)や縫合不全の頻度がほかの消化管手術に比べ多いとされています。(反回神経麻痺20~30%、縫合不全5~20%)そこで当院では、これら術後合併症を減らすべく工夫をしております。(詳細は“慈恵医大外科での食道癌の治療の特色と成績”を参照ください。)

(3)放射線療法

放射線療法は、従来何らかの理由(主に遠隔転移や本人が手術に耐えられない場合)で癌が切除できない場合の代替え療法として選択していました。しかし、近年では早期癌や切除可能局所進行癌でも根治的治療として選択することもあります。その一方で、放射線療法を行った後に手術を行うこともあります。放射線治療は、通常化学療法と同時に行い放射線治療部や腫瘍内科との連携が必要になりますが、その際もあくまで外科が治療中も含め終始一貫して治療の窓口となることで患者さんが安心して治療を受けられるようにしています。

(4)化学療法(抗がん剤治療)

手術で癌を切除した後でも、体内に残っている癌細胞により術後しばらくしてリンパ節や肺・肝臓・骨などに再発することがあります。特に、ある程度進んだ食道癌にはその傾向が他の癌に比べ強いため手術療法だけでなく抗癌剤治療(=化学療法)を加えることで再発を抑えること必要になってきました。これを補助化学療法と言います。
StageII〜IIIの食道患者では全国的な臨床研究(JCOG9907)の結果から5-FUとシスプラチン(CDDP)を用いた術前化学療法が食度癌術後の再発を抑制することが判りました。そして近年、上記2剤に新たな抗癌剤(ドセタキセル)を加えた3剤併用化学療法が日本の多くの施設で取り入れられ始め、当院でも臨床研究として2008年から採用し臨床効果判定として71%の奏効率を得ています。
食道癌の化学放射線療法(PDF書類/約760KB)」実施手順の説明はこちらからダウンロードしてご覧頂けます。

(5)食道ステント・バイパス術

一般的に食道腫瘍の治療が困難な方に対して食物が口から食べられるようにする治療法です。ステント治療とは筒状の金属で出来たメッシュ(網細工)を食道内に挿入することで物理的に食物の通る道を作成する治療法で内視鏡(胃カメラ)を用いて行います。食道バイパス術とは、外科的に食道腫瘍はそのままで食物を通す新たな経路を作成する手術療法で、食道の代用として主に胃を多く用いています。

(6)栄養管理

食道は口から入ってすぐの臓器であり、腫瘍が大きくなることで通過障害をきたしやすい場所です。そのため、進行癌では経口摂取が不十分となり、体重が減少し栄養不良となる場合が多くなります。栄養不良や体重減少は体力・免疫力の低下を招き、その後の抗がん治療による副作用や合併症・後遺症のリスクが高まるため、抗がん治療と並行して栄養管理も必要な治療となります。栄養管理は従来点滴で行ってきましたが、栄養学的側面から点滴栄養より胃腸からの消化吸収が人体にとって一番生理的で効果的であることが判りました。従って、食道癌に伴う嚥下/食物通過困難や抗癌剤治療などによる体重減少を認める方には、当院の栄養サポートチーム(NST)とともに食事内容の相談や経口摂取だけで栄養が不十分な場合は栄養量を補う目的で胃瘻を積極的に作製することがあります。胃瘻は内視鏡的に造設可能で侵襲が少なく、造設後の管理も点滴に比べ安全で易しく退院後に自宅で管理する場合も容易に適応が可能であります。
また、食道癌術後も経口摂取が十分でない期間は術中に作製した栄養瘻(小腸瘻または十二指腸瘻)を用いて補助栄養手段として自宅でも施行して頂くよう指導しております。

6.食道がんの進行度(ステージ)はどのようになっていますか?

わが国では日本食道疾患研究会の「食道癌取扱い規約」に基づいて進行度分類を行っています。各検査で得られた所見、あるいは手術時の所見により、深達度、リンパ節転移、他の臓器の転移の程度にしたがって病期を決定します。

0がんが粘膜にとどまって段階で、早期がん、初期がんと呼ばれています。
I がんが粘膜にとどまっているが近くのリンパ節に転移があったり、粘膜下層まで浸潤しているがリンパ節や他の臓器さらに胸膜・腹膜にがんが認められないものです。
II がんが筋層あるいは食道の壁の外にわずかに出ていたり、リンパ節に転移している場合です。
III がんが食道の外に明らかに出ていると判断された時、食道壁にそっているリンパ節か、あるいは食道のがんから少し離れたリンパ節にがんがあると判断され他の臓器や胸膜・腹膜にがんが認められない場合です。
IVがんが食道周囲の臓器におよんでいるか、がんから遠く離れたリンパ節にがんが転移している時、あるいは他の臓器や胸膜・腹膜にがんが認められた場合です。

7.食道癌は各進行度(ステージ)でどのような治療法がありますか?

治療は主に進行度により決定されます。ただし、同じ進行度でも、患者さんの全身状態や心・肺機能などによって治療が異なる場合があります。

0内視鏡的粘膜切除術、外科療法、レーザー治療が行われます。
I 外科療法、放射線療法と抗がん剤の併用療法、放射線療法(外科手術や抗がん剤が適切でない場合)が行われます。
IIIII 外科療法、外科療法と抗がん剤の合併療法、放射線療法と抗がん剤の併用療法、放射線療法(外科手術や抗がん剤が適切でない場合)が行われます。
IV抗がん剤による化学療法、放射線療法と抗がん剤による化学療法の合併療法、放射線療法(抗がん剤が適切でない場合)、痛みや他の苦痛に対する症状緩和を目的とした治療が行われます。

8.食道癌の発生率や予後(病気の見通し)はどうですか?

わが国では毎年10,000人以上の方が食道がんにかかります。 50歳代以降、加齢とともに急激に増加し、ピ-クは60歳代です。男女比は約6:1と男性が圧倒的に多く、男性では6番目に多いがんです。食道がんの罹患率は男性でゆるやかに増加傾向にあり、女性は横ばいです。間の死亡者数は11,000~12,000人と全がんの3%を占め、人口10万人あたりの死亡率の年次推移では、男女ともに横ばいからやや低下傾向にあります。
早期がんの治療成績は良好で、0期のがんでは5年生存率は100%で、粘膜にとどまるがんでは内視鏡的粘膜切除術で切除できない場合でも、手術で切除できれば5年生存率はほぼ100%です。がんが粘膜下層まで拡がってもリンパ節転移をおこしていなければ、手術で80%が治ります。しかし、進行した場合の成績は、日本食道疾患研究会の「全国食道がん登録調査報告」では手術で取りきれた場合の5年生存率は54%と報告されています。