上部消化管外科
上部消化管外科 – 食道アカラシア – 治療の特色と成績
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当院の特徴

  • 当院では1994年という日本ではきわめて早い段階から腹腔鏡下ヘラー・ドール手術を行っており、慈恵医大外科学講座ではこれまでに700件以上の腹腔鏡手術経験があります。また、内視鏡(胃カメラ)による治療であるPOEMも当院内視鏡部との連携のもと100件以上行ってきました。当院では以下のような食道良性疾患に特化した診療を行っています。
    1. 高解像度食道内圧検査などの特殊な食道機能検査を行うことができ、確実な診断が行えます。
    2. 日本でアカラシア患者さんに行われるすべての術式(POEM、腹腔鏡下ヘラー・ドール手術および腹腔鏡下食道筋層全周切開術)が可能であり、患者さん一人ひとりのご希望や病態に合わせた治療を提供できます。
    3. 腹腔鏡や胃カメラを用いた体の負担が少ない治療を行っています。
    4. 専門のスタッフが配属されており、検査と手術を担当しています。

食道良性疾患(食道アカラシア)専門外来(月AM,火・木9:00~15:30)
担当医:上部消化管外科 矢野文章/増田隆洋

アカラシアは食べものや飲みものが胸でつかえて落ちない特殊な病気です


手術件数

アカラシアは10万人に1~2人というまれな病気です。このため、手術を実際にうける患者さんの数は全国でも多くはありません。当院では以前から積極的に手術を行って参りました。年度により変動は認められますが、ここ最近5年間では年平均25人程度の患者さんの手術をさせて頂いており、全国でも屈指の施設と自負しております。なお当院の上部消化管チームには、日本内視鏡外科学会の技術認定医を取得している医師が4人おり、これらの医師が手術をしています。

アカラシアに対する手術件数 (POEMを含む)

アカラシアに対する手術件数 (POEMを含む)

治療成績

<短期治療成績>

現在、POEMまたは腹腔鏡下ヘラー・ドール手術が治療の第一選択肢となっていますが、どちらを選択するかの明確な基準は定まっていません。短期成績では2つの術式の治療奏効率は同等です(表1)。ただし、POEMでは噴門形成術ができませんので、逆流性食道炎の発生率が高いという特徴があります。

Schlottmannら[1]はメタアナリシス研究(註釈*1)を行い、POEM 1958例と腹腔鏡下ヘラー・ドール手術 5834例を比較しています。術後2年のつかえ感の改善率はPOEMで92.7%、腹腔鏡下ヘラー・ドール手術で90%とほぼ同等でした。しかしながら、逆流性食道炎の発生率はPOEMで22.4%、腹腔鏡下ヘラー・ドール手術で11.5%であり、さらにpHモニター検査での異常酸逆流の発生率はPOEMで47.5%、腹腔鏡下ヘラー・ドール手術で11.1%だったと報告されています。

またWernerら[2]はランダム化比較試験(註釈*2)を行い、POEM 112例と腹腔鏡下ヘラー・ドール手術 109例を比較しています。術後2年での治療奏効率はPOEMで83.0%、腹腔鏡下ヘラー・ドール手術で81.7%と同等でしたが、術後の逆流性食道炎の発生率はPOEMで44%、腹腔鏡下ヘラー・ドール手術で29%でした。

慈恵医大の短期成績のデータでも、2つの術式の治療奏効率は共に90%以上であり同等ですが、逆流性食道炎の発生率はPOEMで約40%、腹腔鏡下ヘラー・ドール手術で約15%です。

POEM後の逆流性食道炎のほとんどは軽度の炎症ですので、クスリでコントロールすることができます。日本では腹腔鏡下ヘラー・ドール手術はほとんど行われなくなってきており、POEMが主流となりました。この傾向は欧米にも広がってきています。ただし、一部の患者さんでは、POEMよりも腹腔鏡手術が適切な場合があります。慈恵医大は2つの術式のどちらも選択することができる数少ない施設です。

表1 アカラシアの治療成績の比較(文献1~5参照)

POEM腹腔鏡下ヘラー・ドール手術
術後2年の治療奏効率80~90%80~90%
術後5年の治療奏効率85%83%
術後10年の治療奏効率不明80~85%
逆流性食道炎の発生率20~45%10~30%

註釈

*1 メタアナリシス:複数の論文報告をまとめて統計解析を行う評価方法です。複数の論文を統合することで、信頼性が高いデータを得ることができます。

*2 ランダム化比較試験:研究対象者を2つの異なる治療方法にランダムに振り分けて、治療効果の比較を行う評価方法です。最も信頼性の高い研究方法とされています。

<長期治療成績>

われわれは、術後5年以上の治療成績について、メタアナリシス研究による検討を行いました[3]。術後5年以上の治療奏効率はPOEMで85%、腹腔鏡下ヘラー・ドール手術で83%と、やはり両術式とも同等の成績でした。 POEMは2016年に保険適応となった比較的新しい治療法であり、10年以上の治療成績についてはまだ分かっていません。一方、腹腔鏡下ヘラー・ドール手術については10年以上の長期成績についていくつか報告されています。Constantiniらは896人のアカラシア患者の術後症状を調査し、腹腔鏡下ヘラー・ドール手術の10年奏効率は84.3%であったと報告しています[4]。慈恵医大のデータでも10年奏効率はやはり良好であり、つかえ症状の無再発率は80.1%、嘔吐症状の無再発率は97.5%でした[5]。

<治療の安全性>

POEM、腹腔鏡下ヘラー・ドール手術ともにこれまでに死亡例はなく、安全な治療法です。

過去10年の術後偶発症発生率はPOEMでは0.9%(1/106例[気胸・膿胸1例])、腹腔鏡下ヘラー・ドール手術で1.4%(3/216例[遅発性消化管穿孔2例、内視鏡的拡張術を要する食道狭窄1例])

筋層切開時に食道または胃の粘膜損傷が起こりやすく、過去10年の術中粘膜損傷の発生率はPOEMで8.5%(9/106例)、腹腔鏡下ヘラー・ドール手術で9.3%(20/216例)でした。いずれも術中に損傷部の修復が行われています。

<食道癌のリスクについて>

アカラシアは食道癌のリスク因子と考えられています。アカラシア患者さんの食道癌の年間発生率は、10万人あたりそれぞれ312.4人とされており、一般集団より高率です[6]。なお、一般集団における食道癌のおおよその年間発生率は、10万人あたり20人前後です。アカラシアでは、食道内に唾液や食物残渣が停滞することで、食道粘膜の慢性炎症が生じ、癌化が誘導されるという機序が想定されています。慈恵医大のデータでも、腹腔鏡下ヘラー・ドール手術後の食道癌発生率は219.8/10万人年と高率でした[5]。当院では、術後であっても定期的な胃カメラを推奨しております。

参考文献

[1] Schlottmann F, Luckett DJ, Fine J, et al:Laparoscopic Heller myotomy versus peroral endoscopic myotomy (POEM) for achalasia: a systematic review and meta-analysis. Ann Surg 267;451–460:2018

[2] Werner YB, Hakanson B, Martinek J, et al:Endoscopic or surgical myotomy in patients with idiopathic achalasia. N Engl J Med 381;2219–29:2019

[3] Fukushima N, Masuda T, Tsuboi K, et al. Long-term outcomes of treatment for achalasia: laparoscopic Heller myotomy versus POEM. Ann Gastroenterol Surg 8;750–760:2024

[4] Costantini M, Salvador R, Capovilla G, et al. A Thousand and one laparoscopic Heller myotomies for esophageal achalasia: a 25-year experience at a single tertiary center. J Gastrointest Surg 23;23–35:2019

[5] Fukushima N, Masuda T, Yano F, et al. Over ten-year outcomes of laparoscopic Heller-myotomy with Dor-fundoplication with achalasia: single-center experience with annual endoscopic surveillance. Surg Endosc 35;6513-6523:2021

[6] Tustumi F, Bernardo WM, da Rocha JRM, et al:Esophageal achalasia: a risk factor for carcinoma. a systematic review and meta-analysis. Dis Esophagus  30;1–8:2017

(2025年4月更新)