
食道良性疾患(食道裂孔ヘルニア)専門外来(月AM,火・木9:00~15:30)
担当医:上部消化管外科 矢野文章/増田隆洋
食道裂孔ヘルニアを手術で治すという選択肢があります
食道裂孔ヘルニアとは
食道裂孔(しょくどうれっこう)とは食道裂孔とは横隔膜にあいている穴の1つで、みぞおちの背中側にあります。身体は横隔膜という壁によって胸部と腹部に隔てられています。食道裂孔は食道がこの横隔膜の壁を通るためにあいているトンネルです。食道は横隔食道靭帯(phreno-esophageal ligament: PEL)と呼ばれる硬い膜によって食道裂孔にしっかりと固定されています。


加齢や肥満などによって横隔食道靭帯(PEL)がゆるんでしまうと、胃が横隔膜よりも上に滑り上がってしまいます。この状態を食道裂孔ヘルニアと言います。「ヘルニア」とは、臓器が本来あるべき位置から飛び出してしまった状態を意味する医学用語です。

食道裂孔ヘルニアは次の4つのタイプに分類されます。食道裂孔ヘルニアの95%はI型(滑脱型)食道裂孔ヘルニアであり、II~IV型は比較的めずらしいタイプです。

<食道道裂孔ヘルニアはGERDや逆流性食道炎の原因となる>
食道裂孔ヘルニアでは胃が変形するため、胃食道逆流症(GERD)や逆流性食道炎を発症しやすくなります。胃にはヒス角と呼ばれる角度がついていますが、健常者ではここが鋭角になっています。食事をすると胃がふくらみヒス角を押しつけますので、食道胃接合部(食道と胃の境界)が逆流防止弁の機能を果たします。一方、食道裂孔ヘルニアがあるとこの逆流防止弁は壊れてしまっています。食事をして胃がふくらんでも逆流防止弁が機能しないため、食べ物が食道に逆流しやすくなります。
身体には本来、ヒス角以外にも複数の逆流防止機能が備わっています。食道胃接合部にある下部食道括約筋(Lower Esophageal Sphincter:LESと略します)はその代表例です。食道裂孔ヘルニアではLESの圧力が低下し、逆流しやすくなることが知られています。LESについては逆流性食道炎のページで詳しく説明していますので、是非ご一読ください。


食道裂孔ヘルニアの症状
よくある症状は、胸やけ(胸がムカムカと焼けるような感覚)や逆流感(液体が口まで上がってくる)です。その他にも、なかなか治らない咳、呑酸(口の中がすっぱい)、つかえ感(食べ物がつっかかる)、嘔吐、吐血などさまざまな症状を引き起こすことがあります。

吐血を繰り返していた食道裂孔ヘルニアの患者さんです。
食道の粘膜が広範囲に傷ついており、出血していました。
近年、大きな食道裂孔ヘルニアが原因で胃がねじれて、胸の方へ持ち上がってしまうupside-down-stomach(アップサイド・ダウン・ストマック;胃が逆立ちしたようにひっくり返ってしまった状態)という病態が増えてきています。Upside-down-stomachになると、胃が締め付けられることでみぞおちの痛みが出たり、肺が圧し潰されて息苦しさが出たりします。重症化すると生活の質(quality of life:QOLと略します)を著しく下げます。QOLがあまりにも低下し、精神的な不調を訴えられる患者さんもいらっしゃいます。
<食道道裂孔ヘルニアはGERDや逆流性食道炎の原因となる>
大きな食道裂孔ヘルニアで胃が食道裂孔に絞めつけられると、胃の血流が悪くなり、胃が急に腐ってしまうことがあります。これを食道裂孔ヘルニアの嵌頓と言います。胃の壊死(腐ること)を伴う食道裂孔ヘルニア嵌頓はまれではありますが、突然死を引き起こす危険な病気です。治療法は手術以外にありません。過去の報告が少ないため、はっきりとした手術死亡率は分かっていませんが、おおむね20%程度と考えられています(参考文献:Brummund D, et al. Hiatal hernia with gastric perforation. Cureus. 2021 Jul 22;13(7):e16572.)。写真は当院で経験した食道裂孔ヘルニア嵌頓の患者さんのCT画像です。胃が胸の中で部分的に腐って破裂していましたが、早期のうちに当院に救急搬送され、緊急手術ができたため救命できました(第83回日本臨床外科学会総会にて報告[2021年11月])。

診断方法
1.内視鏡検査
内視鏡検査(胃カメラ)で胃が横隔膜よりも頭側に滑り上がっていれば、食道裂孔ヘルニアと診断できます。内視鏡検査は、特にI型(滑脱型)食道裂孔ヘルニアを診断するのに有効な検査です。一方、upside-down stomach(アップサイド・ダウン・ストマック;胃が逆立ちしたようにひっくり返ってしまった状態)のような大きな食道裂孔ヘルニアの場合は、内視鏡検査のみでの診断は難しくなります。

胃カメラで胃から食道方向を見上げた写真です。
胃と食道の境界部が食道裂孔よりも頭側に滑り上がっており、
食道裂孔ヘルニアと診断できます。
2.食道・胃のレントゲン撮影(バリウム撮影)
バリウム検査では食道裂孔ヘルニアの有無や程度がわかります。また検査中に仰向けになると胃から食道へのバリウムの逆流が観察されます。Upside-down-stomachの患者さんでは、胃がどの程度胸の方にもちあがっているかがよくわかります。

3.CT検査
Upside-down-stomachやIV型食道裂孔ヘルニア(胃以外の臓器の脱出を伴うもの)のような大きな食道裂孔ヘルニアの診断に有効です。肺がヘルニアによっておしつぶされてしまっているか(無気肺と言います)を評価することもできます。

治療方法
食道裂孔ヘルニアは手術以外に治療法がない疾患です。前述のとおり、横隔食道靭帯(PEL)がゆるんでしまっていますので、薬や横隔膜を鍛えるトレーニングではこれを元にもどすことはできません。食道裂孔ヘルニアによる生活の質(QOL)の低下は著しい場合がありますが、日本では手術によって治せる病気であることが、まだ広くは知られていないのが現状です。巨大な食道裂孔ヘルニア、高齢、あるいは併存疾患が理由で、一度は手術困難もしくは手術不能と診断された患者さんであっても、当院の食道良性疾患専門外来では相談を受け付けています。
手術は傷が小さく、また身体への負担も小さい腹腔鏡で行います。腹腔鏡で食道裂孔ヘルニアを修復し、さらに噴門形成を追加することで胃の形を整えて逆流防止機能を取りもどさせます。腹腔鏡下食道裂孔ヘルニア修復術あるいは腹腔鏡下噴門形成術と呼ばれる方法です。2つの術式は必ず同時に行いますので、総称して腹腔鏡下逆流防止手術[Laparoscopic Anti-Reflux Surgery:LARS]と呼んでいます。基本的には逆流性食道炎の手術と同じ方法ですが、食道裂孔ヘルニアが大きい場合には再発予防の工夫として、メッシュと呼ばれる医療用合成繊維を使用した食道裂孔補強を行ったり、胃をお腹の壁に縫合固定したりしています。日本でまだ腹腔鏡手術がめずらしかった30年前(1994年)より当院では腹腔鏡下逆流防止手術を行いはじめ、以来、1人でも多くの患者さんを完治させられるように技術の改良と知識の改善を繰り返しています。
<腹腔鏡下逆流防止手術>
① 手術は全身麻酔下に行います。小さな傷を5か所あけて、腹腔鏡カメラを使って手術を行います。二酸化炭素を使ってお腹の中(腹腔)をふくらませて、手術スペースを確保します。2015年より細径鉗子(傷の数は5ヶ所で従来と変わりませんが、手術器具が細いため傷口が小さく(2〜5 mm)、痛みも少ない術式)を用いた手術を導入しています。小さな食道裂孔ヘルニアの手術は問題なくできますが、鉗子の把持力が弱いため、大きな食道裂孔ヘルニアでは難しい場合があります。患者さんの病態により判断させていただきますので、細径鉗子を用いた術式をご希望される方はご相談下さい。

②まず大きく開いてしまった食道裂孔から胸にとび出してしまった内臓をお腹の中にやさしく引きもどします。胸の中で内臓が癒着していることがよくありますので、癒着を丁寧に剥離します。

大きく開いてしまった食道裂孔からとび出した内蔵をお腹に引きもどします
③胸の中にはヘルニア嚢と呼ばれる健常者にはみられない袋ができています。この袋は横隔食道靭帯(PEL)や腹膜が引き延ばされてできたものです。完全に切り取ってしまう必要はありませんが、当院では再発予防効果を期待して可能な範囲で切り取っています。

ヘルニア嚢と呼ばれる胸にできた袋を切り取ります
④食道裂孔周囲の癒着を剥離し、テンションがかからない状態で食道の下部がお腹の中に残るようにします。

食道裂孔周囲の癒着を剥離し、食道の下部がお腹の中に
テンションをかけずとも位置するようにします
⑤食道裂孔を適切なサイズに縫い縮めます(食道裂孔縫縮)。これで食道裂孔ヘルニアは修復されました。ヘルニアの大きさ次第では、縫い縮めたところを補強するためにメッシュを敷くこともあります。

食道裂孔を適切なサイズに縫い縮めます

メッシュを使用し食道裂孔縫縮部を
補強することもあります
⑥胃は高度に変形していますので、形を整えるために噴門形成術を行います。噴門形成術では胃を食道の下部に巻き付けて、ヒス角を鋭角化します。これによって逆流防止弁が作られます。食道を胃で全周性に巻き付ける方法をNissen手術(ニッセン法)、食道の後ろを中心に約2/3周巻き付ける方法をToupet手術(トゥーペ法)と言います(図3)。当施設のこれまでの検討で、Toupet法は術後のつかえ感が少なく、また逆流防止効果が十分にあることを確認しています。24時間pHモニター検査の結果ではほとんどの患者さんで術後は胃酸の逆流が0%になっていました(第36回 日本内視鏡外科学会総会で報告[2023年12月])。特に食道運動機能が低下している患者さんには最適な術式と考え、現在、大半の患者さんにToupet法を行っています。なお、GERD診療ガイドライン2021(日本消化器病学会編)では標準術式としてToupet法を推奨しています。

胃を食道の下部に2/3周性に巻き付けるトゥーペ法の噴門形成術を行います

⑦巨大食道裂孔ヘルニアの患者さんでは再発予防に胃をお腹の壁に縫合固定する場合があります(胃腹壁固定術)。当院での検討では、巨大食道裂孔ヘルニアに対する胃腹壁固定術により短期での再発率が低下することが確認されています(第35回 日本内視鏡外科学会総会で報告[2022年12月])。

胃をお腹の壁に縫いつけて固定します
治療法の詳細は、『慈恵医大外科での治療と成績』をご覧下さい。
(2025年4月更新)