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アカラシアとは 診断方法 治療方法
上部消化管外科 – 食道アカラシア – 食道アカラシアとは

1.アカラシアとは

人間には食道と胃のつながり目のところに下部食道括約筋(Lower Esophageal Sphincter:LES と略します)という筋肉が存在します。LESは非常に重要な役目を担っています。食物を飲み込むと食道から胃にものが自然に運ばれますが、この際LESは弛緩して(緊張がとれ緩むということです)食物を胃に速やかに流します。人間には食道と胃のつながり目のところに下部食道括約筋という筋肉が存在します。LESは非常に重要な役目を担っています。食物を飲み込むと食道から胃にものが自然に運ばれますが、この際LESは弛緩して(緊張がとれ緩むということです)食物を胃に速やかに流します。

また胃で食物が消化される時、LESは収縮して胃内容物が食道に逆流してこないようにします。このLESの機能が障害された病気の代表的な疾患がアカラシアです。なわち常にLESが収縮した状態にあり、物を飲み込んでもLESが弛緩しないため食事内容がいつまでも食道にたまってしまいます。このため患者さんは物を飲み込みにくい、なにかつかえた感じがする、吐いてしまうなどといった症状を認めるようになります。夜遅くに食事をしたあと就寝すると、口や鼻に食事や唾液が逆流し、枕もとが汚れてしまったという経験を持つ方もいらっしゃいます。また、知らずのうちに慢性的な食物や唾液の逆流をきたしていることから喘息患者さんのような咳の症状を呈する方もいらっしゃいます。

アカラシアでは食道自体の運動機能も障害されているため、食道が異常収縮を起こし強い胸の痛みを訴えることも特徴的です。この痛みはアカラシアの約40~50%の患者さんに認められるとされていますが、心筋梗塞と間違えるほど強い痛みの場合もあります。そこで、まず循環器内科を受診し、様々な検査を含め診察していただいたものの異常がなく、結局は食道の症状であったという方もいらっしゃいます。

アカラシアは人口10万人あたりに1人といわれており、まれな病気であるため現時点では原因はよくわかっておりません。食道やLESの神経細胞の変性・減少やウイルス感染がその一因ではないかと考えられておりますが、今のところ結論には至っておりません。

2.診断方法

アカラシアの診断は食道運動機能検査(食道内圧検査)という特殊検査によってのみ行われます。この食道運動の異常は通常の胃カメラやバリウムの検査ではわかりづらく食道運動機能検査によってアカラシア特有の運動障害を有していることで診断が可能となります。この食道運動機能検査のための機器ですが、最近ではハイリソリューションマノメトリー(HRM)[下図] という最新型の機器の登場によりさらに詳細な検討が可能となりました。このHRMを用いた検査により、従来の食道運動機能検査でアカラシアの診断がつかなかった患者さんの中に本当はアカラシアであった方もいらっしゃることが分かってきました。当院においても、このHRMを導入しており、現在、最も信頼のある機器を用いて、より正確な診断を行うことに努めております。

しかしながら一般的な検査ではないため、この検査機器を備えている施設はごく限られています。そのため一般的にはバリウム検査で “疑い” という形で診断されてしまうことが多いと思われます。患者さんにバリウムを飲んで頂き、食道から胃にバリウムが流れる様子を観察します。健康な方の食道の横径は3cm弱ですがアカラシアの患者さんではLESが閉じたままの状態であるため、食道が拡張していることが多く、なかには6cm以上になってしまう方もいらっしゃいます。

ハイリソリューションマノメトリー (HRM)

ハイリソリューションマノメトリー High resolution manometry (HRM)

バリウム造影の結果から、食道の最大横径を測定するとともに形状を判定します。これが拡張度分類拡張型分類です。

拡張度分類は食道の横径から3.5cm未満をI度、3.5cm以上6.0cm未満を II 度、6.0cm以上をIII度と分類します。

拡張型分類は食道の形から直線型(St型)、シグモイド型(Sg型)、進行シグモイド型(aSg型)の3種類に分類されます。この分類の作成に当院は携わっております。(アカラシア取扱い規約,第4版

アカラシアの拡張型分類

アカラシアの拡張型分類

また、当院では手術前後に特殊な食道造影検査を行っております。この方法は、Timed Barium Esophagogram(TBEと略します)という名前がついておりアカラシアの病態評価として欧米で開発されました。薄めたバリウム200mlをなるべく早く飲んでいただき、時間を追ってレントゲン写真撮影をすることで(5分間)、下部食道における通過障害の程度を評価するものです。当院ではこの検査を術後にも定期的に行い、手術によりどの程度通過障害が解除されたかを判定しています。この他、内視鏡検査を行います。腫瘍などによる下部食道による通過障害を除外するためです。アカラシアの方は食道癌の発生リスクが一般の方と比較して10倍程度高いことが知られています。このため食道癌検診のためアカラシアの治療後も1年に1回の内視鏡検査を強くお勧めしております。

3.治療方法

治療方法には大きく、1. 薬、2. 内視鏡を用いた治療、3. 手術があります。

1. 薬による治療

アカラシアはLESが閉じたままの状態であるためLESの圧を下げる作用のある薬を用います。具体的にはカルシウム拮抗薬,亜硝酸製剤などを用いますがあまり効果的ではありません。とくにS字型のような病態が進行した状態では効果はほとんど期待できません。またカルシウム拮抗薬は本来は血圧を下げる作用があるため、血圧の低い方には投与することができません。この他、胸痛に対しては自律神経を穏やかにする薬や漢方薬(芍薬甘草湯など)を用いることもあります。

2. 内視鏡を用いた治療(バルーン拡張とPOEM)

内視鏡をやりながらLESの部分を風船(バルーンと言います)で広げてあげる治療です。バルーンを膨らませることによりLESの筋肉の一部を裂き、食道から胃への流れを良くしようとする試みです。直線型で病態が比較的軽い患者さんには有効ですが繰り返し行うことも珍しくありません。ただし、繰り返し行うことで下部食道周囲の炎症をきたし、もし手術療法が必要となった場合、手術による粘膜損傷などのリスクが高くなるという報告もあります。

また、最近では内視鏡を用いた新しい治療(POEM:内視鏡的筋層切開術)が開発され、一部の施設で行われ、良好な成績であることが報告されております。しかしながら、この治療法はまだ新しいため、長期に効果が期待されるものであるのか十分な検討がなされておりません。さらに、バルーン拡張・POEMどちらとも下部食道の筋肉を裂く、もしくは切開することで通過障害を解除するものでありますが、通過が良好になると同時に胃液や胃内容物の食道への逆流が生じる恐れがあります。

以上の理由から、当院では次に紹介する通過障害を解除しつつ適度に逆流も防止可能な手術療法を積極的に行っており、POEMは導入しておりませんでした。しかし、治療方法の選択肢を広げより効果的な治療方法を模索していく目的で、2016年1月より当大学の倫理委員会の承認を得てPOEMを正式に開始し、これまでに101人の患者さんに行ってまいりました(2024年1月現在)。これまでのところ、重篤な術中・術後の合併症は誤嚥性肺炎の1例のみで,みなさま良好な経過をたどっておられます。今後も適応を十分に考慮したうえで行っていく予定です。

実際の手順(POEM)

  1. まずはじめに食道の粘膜に孔をあけ内視鏡を挿入するための入り口を作成します。この手技は、食道癌などに対する内視鏡治療を応用して行います。
  2. 筋層切開を行うための準備として,先ほど作製した穴から内視鏡を挿入し,下方に(胃に)向かって粘膜と粘膜の下にある筋肉との間に内視鏡の通り道となるトンネルを作製していきます。これにより十分な空間が確保されますので筋層切開を安全に行うことができます。
  3. 食道には内側(粘膜側)より2重に筋肉が重なっており,内側を輪状筋,外側を縦走筋という筋肉で構成されています。これらのうち,内側にある輪状筋のみを内視鏡を用いて食道から胃に向かって下方に切開していきます。
    これにより広がりの悪かった食道が徐々に広がるようになっていきます。
  4. 最後に内視鏡の通り道の入り口となっていた孔をクリップという金具で閉じて手術は終了です。
  5. ①~④までの操作により治療が終了します。
POEM1
POEM2
POEM3
POEM4
POEM5

3. 手術

もっとも確実な治療方法で、その有効性についてたくさんの論文が発表されています。まず通過障害を治す目的でLESを含めた食道から胃にかけて筋肉の一部を切開し切除します。次にこの筋肉を食道の約半周程度粘膜からむきます(Heller:ヘラー手術と言います)。こうすると食道の前面は粘膜だけになります。食道粘膜は非常に軟らかいため食事の通過は良好となり、つかえ感などの症状はほとんど消失します。

しかし、このままだと今度は胃から食道にものが逆流するようになってしまいます。このため、胃の一部を用いて食道に被いを作ります。これを逆流防止手術と言います(Dor:ドール手術と言います)。当施設では、この逆流防止手術の際、食道の中にブジーという柔らかい棒を入れた状態で行います。これは、切開した食道の筋肉の再癒合を防ぐためです。このことが、術後の成績の向上に大きく貢献していると考えています。つまり筋肉を切開しただけの治療では、切開した筋肉同士が再びくっついてしまい、症状が再発する可能性があるからです。

実際の手順

1. はじめに下部食道括約筋(LES)部を含む食道を全周性に剥離します。この際、食道の前後面にある大切な神経(迷走神経)は必ず温存します。

腹部食道の露出

腹部食道の露出

2. 胃の上部と脾臓の間にある血管(短胃動静脈)を切離しておきます。このことで胃の可動性が高まります。

短胃動静脈の切離

短胃動静脈の切離

3. LES部から食道側へ6cm、胃側へ2.5cm程度食道の筋肉を切開し、食道の前側が半周にわたり粘膜が露出されるようにします(ヘラー手術)。

筋層切開(Hellerの手術)

筋層切開(Hellerの手術)

4. 食道ブジー(柔らかい棒)を口から挿入し、一定の食道の太さを確保した状態で食道の粘膜が露出されている部分を被います(ドール手術)。

噴門形成(Dorの手術)

噴門形成(Dorの手術) 

5. 食道や胃が胸のほうに入り込まないように周囲と固定を行います。

噴門形成部と周囲との固定

噴門形成部と周囲との固定

アカラシアの手術法

アカラシアの手術法

アカラシアの手術前と手術後のバリウム検査の様子

アカラシアの手術前と手術後のバリウム検査の様子。フラスコ型,||度。

直線型, II 度の患者さんです。手術後にはバリウムの通過が良好となっておりほとんど食道の中にバリウムが停滞しないことがお分かりいただけると思います。

単孔式腹腔鏡手術(Single Incisional Laparoscopic Surgery;SILS)

また、当院では単孔式腹腔鏡手術(Single Incisional Laparoscopic Surgery;SILS)を積極的に取り入れており、これまでに50人の患者さんにヘラードール手術をSILSに準じて行いました(2024年1月現在)。通常の腹腔鏡による手術が5か所の小さな傷からの操作で行うのに対し、SILSは臍の傷で行う方法で、特に欧米で始められた手技になります。当初、当施設では完全に臍の1箇所のみの傷で手術を行っておりましたが、手技が煩雑となることで安全性や確実性に劣る危険性があると判断し、8人の方を手術したあとは、臍の傷の他に1つ傷を追加する方法にて行っております(SILS+1)。この術式のおもな利点は美容面にあります。ただし、操作が複雑となるため高度な技術を要しますので、従来の方法に比較し手術時間は長くなる傾向にあります。この方法での手術をご希望される場合にはご相談下さい。患者さんの病態により施行可能か判断させていただきます。また、最近ではより小さな傷での手術を目指し、一部細径鉗子(従来のものより細く傷も小さくなる)を使用した手術も取り入れており、これまでに60人の患者さんに行ってまいりました(2024年1月現在)。

当院では現在、POEMも導入したことにより、これまでの腹腔鏡手術だけではなく、日本でアカラシアの患者さんに行われるすべての術式が施行可能となっております。このため各術式の利点や欠点を含め十分なご説明をさせていただき、患者さんのご希望に沿った治療法を選択していただく事でみなさまに納得のいく治療を提供することができていると自負しております。そして各々の治療法における利点・欠点を加味し、これまでの多数の手術経験をふまえた上での治療方針の決定など、当院ならではの特徴を生かしてこれからもアカラシア患者さんの治療に携わっていきたいと考えております。このひとつとしまして、現在、治療に抵抗性の激しい胸痛を伴うアカラシア患者さんに対して慈恵医大独自の新しい術式(食道筋層全周切開)を考案しており、当大学の倫理委員会の承認を得て臨床試験を行っております。これまでに35人の患者さん(2024年1月現在)にご賛同いただき同手術を行いましたが、すべての患者さんで胸痛の消失もしくは改善がみられております。

またこれは当院の責務と考えておりますが、引き続きアカラシア患者さんに最良の治療を提供すべく各術式の利点・欠点および工夫など、更なる検討を加えていきたいと考えております。

以下に当院で行うことのできる腹腔鏡下手術(LHD)、傷の数を減らした(SILS+1)もしくは傷の数は減りませんが傷を小さくした(細径鉗子使用)腹腔鏡手術およびPOEMのそれぞれの特徴についてお示しします。

当院での施行開始時期
LHD 1994年8月
SILS+1 / 細径鉗子 2011年7月
POEM 2016年1月
当院での治療人数
(2024年1月現在)
LHD 601人
SILS+1 / 細径鉗子 SILS+1(SILS):50人
細径鉗子:60人
POEM 101人
内視鏡
LHD 使用せず
SILS+1 / 細径鉗子 使用せず
POEM 使用
腹腔鏡
LHD 使用
SILS+1 / 細径鉗子 使用
POEM 使用せず
体表の傷
LHD 5か所
SILS+1 / 細径鉗子 2もしくは5か所
POEM なし
麻 酔
LHD 全身麻酔
SILS+1 / 細径鉗子 全身麻酔
POEM 全身麻酔
手術時間
(麻酔時間も含めて)
LHD 2〜3時間
SILS+1 / 細径鉗子 3〜4時間
POEM 1.5〜2時間
筋層切開の長さ
(食道側+胃側)
LHD 約10cm
SILS+1 / 細径鉗子 約10cm
POEM 制限なし
胃から食道への逆流防止手術
LHDあり
SILS+1 / 細径鉗子あり
POEMなし
術中合併症
LHD粘膜損傷、出血など
SILS+1 / 細径鉗子粘膜損傷、出血など
POEM出血、食道穿孔など
術後の創痛
LHDあり(軽度)
SILS+1 / 細径鉗子あり(軽度)
POEMなし(胸痛あり)
術後の入院期間
LHD4日
SILS+1 / 細径鉗子4日
POEM4日
術後逆流性食道炎発生
LHD約 15%
SILS+1 / 細径鉗子約 15%
POEM約 40%
長期成績
LHD良好
SILS+1 / 細径鉗子検討中
POEM検討中
LHDSILS+1 / 細径鉗子POEM
当院での施行開始時期1994年8月2011年7月2016年1月
当院での治療人数
(2024年1月現在)
601人SILS+1(SILS) : 50人
細径鉗子 : 60人
101人
内視鏡使用せず使用せず使用
腹腔鏡使用使用使用せず
体表の傷 5か所2もしくは5か所なし
麻酔全身麻酔全身麻酔全身麻酔
手術時間
(麻酔時間も含めて)
2〜3時間3〜4時間1.5〜2時間
筋層切開の長さ
(食道側+胃側)
約10cm約10cm制限なし
胃から食道への
逆流防止手術
ありありなし
術中合併症粘膜損傷、出血など粘膜損傷、出血など出血、食道穿孔など
術後の創痛あり(軽度)あり(軽度)なし(胸痛あり)
術後の入院期間4日4日4日
術後逆流性食道炎発生約 15%約 15%約 40%
長期成績良好検討中検討中

治療法の詳細は、『慈恵医大外科での治療と成績』をご覧下さい。

(2024年3月更新)